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とるトンボ

Author:とるトンボ
太陽系第三惑星のニッポン国・九州アイランドの中央付近に生息する極楽トンボな男。

地球生活半世紀を過ぎても、なかなかこの地の文化になじめず、周囲から「カワッテル」と評される自分の感覚を、ブログで発信してみようと思いたつ。
だから、地球生活の「当方」見聞録(^^)

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極楽観察 「前例無きアメリカ大統領」

2009年11月15(日)  

きのうの天皇皇后両陛下とオバマ大統領との皇居での昼食会。

天皇陛下とにこやかに握手を交わしながら、オバマ大統領は腰を九十度に曲げ、深々とお辞儀をした。

オバマの最敬礼

こんなアメリカ大統領の姿は、他に記憶にない。

それに先だっての講演会で、オバマは、あらためて核兵器のない世界実現を訴え、「核兵器の恐ろしさをもっともよく知る日本とアメリカ」という表現をした。

こんなアメリカ大統領の言葉は、他に記憶にない。


支持率が低下する中、様々な批判や憶測の渦中にいるオバマ大統領。

今回の来日における物腰態度、言動を見る限り、やはり

信頼を置きたい人物に感じられる。


極楽ひと筆書き 「森繁と時間と一杯のビール」

2009年11月14(土)  

○みんな森繁さんが好きだった。

○山根基世アナウンサーは本当に古き良きNHKを代表するような女性アナウンサーだ。(この人にはとてもとても「女子アナ」なんぞというガサツな名称は似合わない)

○一人一人に、持ち味と役割がある。

○人を責めるココロが戦争を生み出す。一方、戦争をビジネスとする陰の存在もいる。

○憑依の実態が視覚できたら、今の大方の日本人は腰を抜かすだろう。

○自分を冷静に観察するもう一人の自分を自覚的に設定することは、意識の次元上昇の第一歩。

○「幽霊の正体見たり枯れ尾花」は、今の時期にぴったりかも。

○このところ、時間の経過に異変が生じている。伸びたり縮んだり。

○穏やかな人と接していると、心静まる。

○心と身体。もっとも身近で切実な現実であり、それにも関わらず多くの人にもっとも蔑ろにされているもの。

○がちゃがちゃ画策せずに、ゆったりと自然の流れにまかせる。宇宙のプログラムを信頼する。それが一番。

○白状します。ワタクシは夕飯時の一杯のビールを最大の楽しみに生きているヤツです(^^)


極楽感懐 「コトタマ注意報」

2009年11月13(金)  

使う言葉に要注意。

おそらく無自覚に、居丈高な批判や罵倒の言葉を連発して、悲惨な現実を招来してしまった人を何人も見てきた。

自分が正しい、相手が間違っているという強固な思いこみは、人を無意識のうちに傲慢にし、居丈高にする。

そして、荒く攻撃的な言葉を連発させる。

そのエネルギーは、宇宙の法則に従い、回り回って自分自身に返ってくる。

その吐き出した言葉が非道いものであればあるほど、受け取る現象も激烈なものになる。

そんな実例を、極楽トンボは若い頃からどういうわけか、身近なところで幾例も見せられてきた。

だから、なるべく人の批判や悪口、罵りは、口に登らせないように心がけている。

しかしながら、魔の挑発に満ちたこの世界、そんな欲求が自分の心中に発生したと自覚した場合は、逆に感謝の言葉を口にするようにしている。

「反面教師よ、ありがとう」というわけだ。

ワタシはアナタのようにはなりません、気づかせてくれてありがとうございます、と。

感謝の言葉は、自分の中の魔的なエネルギーを中和する効果がある。

おそらく、感謝のコトタマは万物創造の意識につながるのだと思う。


老婆心ながら、事業仕分けチームの皆さんも、言葉には注意した方がいい。

自分たちは国民の味方であり官の不正を正すのだという意識が、必要以上にその姿勢や言葉を攻撃的なものにしている。

まるで、国民の応援をバックに悪徳役人を吊し上げているようにも見える。よくマスコミの三流記者が被疑者に対してこんな態度をとる。

対立は、また対立を生む。

これから、官の不満と恨みのエネルギーが蓄積されていくだろう。

対立構造というものを超越する時期が到来しているというのに。

「まあまあ、これまでのことは水に流して、どうやれば穏便に調和的に事を進められるか、いっちょう腹を割って話し合いましょうや、お互い智恵を出し合いましょうや、そのあとどうですか?一杯、あっ、もちろん自腹のワリカンで、いい店ありまっせ!」

とやればいいのだ。

仲良きことはウツクシキかな・・・


極楽ら・ぱんせ 「選択する人」

2009年11月12(木)  

誰もが、同じようなものを天地から与えられている。

人のあり方を決定するのは、その中からどれを選ぶのかという「選択」の問題。

会話も文章も、料理も建築も、そういう意味では似たようなもの。

どんな素材を選び、それをどう組み合わせるか。

そこに、その人の素養とセンスが表現される。

そしてまた、

そうして表現されたものの中で、どんなものに惹かれるかというところに、その人の今のポジションとステージが露呈される。

そういう意味で、

人生は一瞬一瞬の「選択の連続」であり、その選択の中にこそ、その人の独自性や傾向性が表現される。

どんな言葉を選んでいるか。

どんな態度を選んでいるか。

どんな食材を選んでいるか。

どんなお店を選んでいるか。

どんな住まいを選んでいるか。

そんなところに、

はからずも、

自分が表現されている。


極楽追悼 「森繁久彌さん」

2009年11月11(水)   

森繁久彌さんが亡くなった。

昭和を代表した巨星が、また一つ墜ちていった。

大往生。

おそらくご本人も満喫至極の一生だったのではなかろうか。

様々な機会を舞台にして、人の世の人情と哀切を、その独特の味わい深さで表現し尽くした。

まだ壮年の頃から、「ニッポンのおじいちゃん」の風格を醸し出していた。

そして、

「知床旅情」という畢生の名曲を遺してくれた。

この一曲に、森繁久彌のエッセンスが凝縮されているような気がする。

仲間達との宴会をこよなく愛する極楽トンボは、

「飲んで騒いで丘に登れば」という一節に、得も言われぬ想像力と感情を喚起させられる。

この情景に、人の世の歓びと、別れの哀切が立上がってくる。


おそらく天国の入り口は、たくさんの迎え人でごったがえしているだろう。

向田邦子さんも来ているに違いない。

あの、少しいたずらっぽい微笑みを満面に浮かべながら、心底うれしそうに・・・。

合掌。


極楽観測 「達人同志」

2009年11月10(火)   

井上雄彦は、高岡英夫の著書を読んでいる。

そして、その伝えるところに共鳴している。

『バガボンド』の29巻、30巻を読んで、そう確信した。

「闘うこと」を超越する。

殺し合いの螺旋から降りる。

そして、

脱力する。

ゆるめる。

周囲と一体になり、カラダの中心ラインが光る。
その時に自分でも驚くような動きができている。

こんなコンセプトが武蔵の追想とモノローグの中で表現される。

これは、高岡英夫メソッドに学んでいる人ならば、耳目に親しい極意だ。

宮本武蔵を取り上げる以上、その関連書籍には無数に目を通している井上だろうが、高岡メソッドに着目する(事実を確認したわけではないが^^)その眼力とセンスが、やはりさすがと感じる。

達人は達人を知る。

達人は達人の存在をかぎつける。

必要なものが、光って見えてくる。

なぜならば、

「普遍なるもの」に触れている同志だから。

おそらく、そういうものだろう。


極楽レポート 「文章と電圧」

2009年11月9(月)  

佐藤春夫が、安東次男の文章を激賞していたことを初めて知った。

安東次男の著書『物の見えたる』の中の「蕪村との出会い」という一文で、安東自身が珍しく嬉しげに記している。

昭和三十七年に安東の評論集『澱河歌の周辺』が第十四回読売文学賞を受賞し、その時の選考員だった佐藤春夫の選評。

「行間の随所に多くの創見と問題と示唆とが、天空の星のようにバラ蒔かれている。わたしはその独自なものを敬愛する。」

ほとんど、手放しに近い。


これを読んで想い出した一文がある。

旧版の新潮社の小林秀雄全集の帯に、川端康成が寄稿した推薦文だ。

今は実物が手元にないので、うろ覚えを頼りに書いてみる。

「小林秀雄君の文章は、目に付けば必ず読む。読めば必ず、何かに気づかされ、目を開かせられる。私にとっては数少ない著者の一人である。」

正確度は心もとないが、こんな主旨の一文だった。

佐藤春夫と川端康成。

ともに昭和を代表するような文章家が、後輩を評した言葉。

この後輩二人とも、削りに削ったような彫琢的批評文の書き手。

ともに「達人」の風格を帯びているが、その錬磨された言葉の背後に浮かび上がる人的姿(ミョーな表現ですが(笑))は、なにやら対称的とも言いたいようなものがある。

何がどう対称的なのかは、今はうまく説明できない。

大学時代からの盟友は、小林秀雄の文章を評して、どうしても何かケレンミのようなものを感じると言った。

その感覚もよくわかる。

丸谷才一が小林秀雄を口を極めて批判するのも、そのあたりに論拠がある。

しかしながら、それを踏まえながらも小林秀雄の文章を読むたびに、何か独特の魅力をともなった「電圧」のようなものを感じてしまう自分も否めない。

このあたりのことは、ヒジョーに興味あるテーマで、以前ジャズピアニストの山下洋輔の文章と小林の文章を並列させながら評論文めいたものを書き始めたことがあったが、あえなく中断した(笑)。

小林秀雄と山下洋輔と安東次男。

これに山口瞳や山崎正和、幸田文あたりを巻き込みながら、文章とその言葉の「電圧」をテーマに、何かまとまったものを書いてみたいと、密かにタクランでいる。


極楽白想 「静けさや」

2009年11月8(日)   

けたたましいのや、騒々しいのや、大げさなのや、かまびすしいのがどんどん苦手になっている。

ウンザリして逃げ出したくなる。

八月に越してきた新居は、それまでにくらべてとても静かな環境にある。

テレビさえ付けなければシンとした静寂を味わうことができる。

ときおり庭の向こうを通過するJRの列車の音が、現実世界に引き戻すささやかなアクセントになっている。

インフルエンザや国会騒動や不況や金融危機も、ここにいる時は、ただのテレビ画面の中のドラマになる。

自分のイシキとカラダと静かな家。

そして、家族と気のおけない仲間たち。

それで十分ではないかと思う。

成功だの繁栄だのは、一見魅惑的に見えても、騒々しい夢のようなもの。

真実は、いつも静寂の中にあるような気がする。

最近、整体の最中にも、時おり静寂の中にはいる。

静かなリズムと鼓動の中で安らかにたゆたっている。

イノチの自然なリズムの中に桃源郷はある。

宇宙空間は、静かなんだろうなあ。

月も地球も、完璧な静寂の中でぽっかり浮かび、悠々と淡々と回っているんだろうなあ。

いいなあ・・・


極楽ものろーぐ 「檻とカラダとローフード」

2009年11月7(土)  

<ネガティブの代表者たち>
国会中継を見ていられない。
議論や質問というよりも、イビリ、イジメ、イヤガラセ、ナンクセイチャモン、揚げ足取りといったエネルギーが議場一杯に充満していて、思わず目をそむけたくなる。
現代日本社会のネガティブな側面の縮図を見ているよう。
政治家達が社会のネガティブを代表しているというのも皮肉なもんだ。
子供達には見せたくない。

<目的と機能>
そのことの本来の目的と機能は何なのかを、いつも根本から再確認する習慣をつけておくことは、とても大事だな。

<いつか>
宇宙船、天空に満つる日。
???

<エネルギーを見る>
「明日起きる巨大な変化の前兆は今起きている。カタチが生まれる前のエネルギーの動きに目を向けることが大事だ」
と、藤原直哉が言った。

<ローフード>
朝も昼も、水と野菜と果物で過ごすと、午後から心身が爽快になってくる。

<オリの中シンドローム>
無意識のうちに、ある一つの「枠」の中に自分を閉じこめてしまう。
これ、現代人に共通する病弊かも。

<体主霊従>
カラダにはたらきかけて、自分のココロや意識を調整していく。

<試み>
書き慣れた自分の名前を、毎朝右手と左手で書いてみる。
もう一人の自分がいるみたい(^^)。


極楽観測 「ステキな男たち」

2009年11月6(金)   

ニューヨークヤンキース、ワールドシリーズ優勝。

松井秀喜が六打点の大活躍でMVPに輝く。
一世一代の晴れ舞台と栄光の時。

めでたし、めでたし。

野球にはすっかり興味を失って久しいが、松井には以前からとても好感、共感を覚えてきた

巨人退団の時の会見がよかった。

人としての誠実や生真面目が、その態度、言葉、表情からにじみ出ていた。

同じ野球の天才でも、江川やイチローとは、その人柄の質が大きく異なる。

以来、テレビでその姿を見るたびに心の中で応援していた。

いい嫁さんを探してやりたいと思っていたら、知らぬあいだに結婚していた(笑)。

コイツとなら一緒に酒を飲んでもイイ、なぞと勝手なコトを考えていた(笑)。

オツカレサマ、とポンと肩を叩きたくなるような男。

それにしても・・・

スタンドで観戦しているお父さんが、松井とおんなじように唇の端を引き締めるしぐさをしていた。(笑)

そして・・・

フィリーズの最後の打者が、あきらかな凡打にもかかわらず、一塁へ最後まで全力疾走する姿が、やけに印象に残った。

一所懸命なステキな男たちに、「乾杯!」


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