2008年12月20日(土)ここ一ヶ月以上続いていた右脚付け根奥の関節・筋肉痛がやっと消えた。
ひどい時は、布団から起き上がるのも困難、ただ立っているのも困難、歩くことすら困難、という状態だった。
根子岳登山の後遺症と思われるのだが原因ははっきりしない。
ただ痛かった。
ひたすら痛かった。
もう痛みも終息に向かったかと思うとまたぶり返し、「痛いよう〜」の状態が続いた。
カラダのどこかが痛い時は、行動力が鈍り、気持ちが消極的になりがちだ。
しかし、このオジサンは意識コントロールの専門家なのだ。
十五歳の娘に偉そうなことを教示した手前、この程度の痛みで萎れているわけにはいかないのだ。
もちろん、病院なるところなんぞ行くわけもない。
たいていのカラダの不具合は自分で治せることを知っている。
オジサンは痛みを「苦にしない」ことに決めた。
痛いということは、「やがて消える」ということと表裏一体になっているというのがこの世のしくみなのだ。
そのことを知っていれば、ことさら痛みに意識を向け、苦にする必要もなくなる。
というよりも、痛みに意識を向ければ向けるほど「痛み」はよりリアルに現実化していくのだ。
ペニシリンを打たれたような痛みが右脚奥に広がり、歩行すら困難なときも「オレは今痛みを味わっている。体験している。歩くこともままならない。」と客観的に観察し、その現実を認め、受け入れた。そして、ことさらその原因をアタマで詮索したり、あれが悪かったのでは、これがマズかったのではと反省的堂々巡り思考地獄に陥らないようにした。
だから、このブログでも痛みの渦中には、そのことに触れないようにした。
ただ、素直に現実を受け入れる。認める。味わう。
そして、あとはそのことを忘れる。
自分の好きなことに打ち込む。
時が経過していく。
予定通り、痛みは消え去った。
今度は、普通に起き上がれて、普通に歩けることの「有り難さ」と喜びを、カラダへの感謝とともに満喫している。
普通のなんでもない状態の「有り難さ」がよりリアルに感じられるようになる。
この世の人生は、こんなことの繰り返しである。
この「しくみ」と「法則」を知っていれば、自分の身に起きた現象に必要以上にとらわれ悩むことが無くなってくる。
だから、
極楽トンボなのだ(笑)。
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