2009年7月17日(金) もの心ついて自我が芽生え、様々な体験と学びを経て、やがてその自我(エゴ)を超越していくというのが、どうやら人類に与えられた意識の進化と成長のプログラムらしいけれども、その経過は決して順調と呼べるものではないように見える。
意識の進化と成長?!
そんな甘チョロでメシが食えるか!
経済力と軍事力にものを言わせて、他者や民族や地域を自分の思い通りに支配するというゲームに権力者は夢中になってきた。
今も、その渦中にある。
いや、権力というものはそもそもそういうものであって、それが「当然」の発想であり、行動であるという常識・ルールのもとに、ここ数千年にわたって人類社会は推移してきた。
特に「西欧列強」が海を越えて世界に猛威をふるうようになって、その傾向は顕著になった。
このクニも、百年以上前に、このウエーブに呑みこまれた。
そして、近代になって良識ある社会の条件のように浮上した民主主義なるものも、今となってみれば一種の方便、隠れ蓑に過ぎない。
その社会の実権は、表には出ない一部特権集団や個人が掌握し、コントロールしていることに、多くの人々が気づきはじめた。
何でも独り占めしたがるというのが、聞き分けのない子供の特徴。
肥大した自我は、物質や金銭のみならず、他者のイノチや自然の環境すら我がモノにしようとする。
そういう意味で、人類はここ数千年にわたって、聞き分けのないコドモに支配されてきたと言ってもいいのかもしれない。
ブッダやキリストが投じた石も、順調な波紋となって広がり、人類社会の主流となることは決してなかった。
肥大したものはやがて終焉を迎えるというのが、自然の法則。
自我の拡大という壮大な人類ドラマの、いよいよフィナーレの時を迎えているような気がする。